あ ば ろ ん

瀧昌史どんぶらこっこすっこっこ旅日記

二十代の雨の夜に食べたソバ

 思い出の麺シリーズ、最終回は二十代の頃、雨の夜に食べたソバの話です。オートバイ雑誌の編集をしていた自分はその日、カワサキから借りたエリミネーター(ELIMINATOR)750でツーリング取材に出かけました。昼前から雨となり、雨のなかカメラマンのクルマ(たしかブラウンメタリックのSUBARU レオーネ ワゴン)と前になり後ろになり、都内から日本海を目指しました。松本(長野県)から国道147号線、148号線と北上。大町手前で日はストンと落ちてしまい、あたりは漆黒に。そろそろ宿を捜さないとマズいことになりそうだ、いやこれはもうマズくなりかけている! と悟り、糸魚川に出る手前、国道沿いにあった「宿」の看板を見つけ、そのガラス戸を叩きました。内側のカーテンを開けて出てきた男性は「それはたいへんでした。もう食事の支度はできませんが、部屋はありますよ。それでよかったら、どうぞ」とのこと。土間でレインウエアを脱ぎ、ついでにタイル貼りの風呂にざぶんと入れば、凄い空腹感です。それが顔に出たのでしょう。宿の主人は「そばでも打ちますか? そばくらいしかできないけど……」と親切です。ぜひぜひとお願いして、廊下や土間にレインウエアやブーツ、ブーツカバー、グローブ、ヘルメットを干し終えた頃「そば、どうぞ」とのお声掛けが。板張りの台所のテーブル、花柄皿に盛られていたのは乱切りの黒いソバ。カメラマンとふたり、礼を述べてズルズルッといただけば、これが鼻にドカンと香りが抜け、物凄く旨い! ジャリ、ジャリ、ブツ、ブツ、とした歯応えも素晴らしい。国道をトラックが行くたび、ヘッドライトにカーテンがパッと明るくなります。そして格子戸にはめられたガラスが順にガチャガチャと揺れ騒ぎます。その陰影と響き、何口食べても香りが鼻に抜けるあの旨さは、忘れられません。
 次の朝からの記憶は無く、取材は無事終えたのだと思います。それからも国道148号線をクルマで何度か通っており、そのたびにあの「宿」を捜すのですが、見つかりません。たぶん、二十代のあの夜にしか食べられなかったソバなのだろうと思います。また雨の夜にオートバイで行けば、食べれれるのかも……

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