YAMAHA RZ250
ああああこれはマズい!と、エンジンが吹け上がらなくなったバイクを本車線から路肩に寄せました。やがてアクセルグリップのひねりに反応は無くなり、シャラシャラとドライブチェーンは空回り。そして、バイクは止まりました。なぜマズいかといえば、指先でさぐったフュエルコックが、既に予備タンク位置だったからです。あああ、やってしまった! 時は深夜、名神高速のどこかです。携帯電話はおろか、二輪向けロードサービスも無かった1980年の夏の終わり、バイクは新車で買ったばかりのYAMAHA RZ250。サイドスタンドを出して、さてどうしよう、とあたりを眺めれば、そこは傾斜のついた盛り土高架の上。下は田んぼで、向こうに工場らしき建物が。灯りがついています。傍らを行くクルマのライトをたよりにシートを外し、テールカウル内にバンド留めしてあった車載工具を取り出し、なんとかタンクを外しました。見事にカラだったそれを両手に抱え、ガードレールを越え、盛り土を下り、灯りのもとへ。すみませーん! と何度か叫んで出てきたのは、かなりお酒を召したステテコ姿のおやじさん。どないした! とまず心配してくれました。バイクのタンクを抱えたまま、ガス欠で名神を降りて歩いて来たことを説明し、ガソリンの買い置きがあったら分けて欲しいとお願いすると、おやじさんは、ほうかほうか、事故やのうてよかったよかった、と目を細めます。こっちおいで、と工場を出て、トラックの傍らに。赤い灯油ポンプでそこからガソリンをわけてくれました。ええがな、気いつけてな、とガソリン代も受け取ってくれません。お礼を言って工場を辞し、ああ助かった、と歩き始めてタンクの重さに気がつきます。容量16ℓほどのタンクが、なみなみ満たされています。
盛り土の途中で、困り果てました。タンクの重さで上れません。勢いをつけ1.5mほどは上がるのですが、踏ん張れず滑り落ちてしまいます。結局、わずかずつタンクを上げて、置いて、登って、またタンクを上げて、自分も登ってと、尺取り虫のように。尖ったガソリンコックを壊さぬよう、詰まらせないよう、気をつけながらの匍匐(ほふく)前進ならぬ、匍匐登頂です。バイクの元に戻り、タンクをセットして走り始めれば、ヘトヘトでした。今でもRZ250を見かけるとあの夜の、疲労困憊(ひろうこんぱい)を思い出します。おやしさんの「ほうかほうか、事故やのうてよかったよかった」という声が聞こえます
ないものねだり
軍事施設?、宇宙センター?? アラブ首長国連邦(الإمارات العربية المتحدة)を構成する首長国のひとつ、ドバイ(دبي)のショッピングモールです。実はこれ、スキードバイ(Ski Dubai)という名の室内スキー場。夏には気温が50℃ともなる地に、400mに及ぶゲレンデを設け、かつては本気でスキーW杯を招致していました。さすがに、やることが豪快です。
そういえばかつて船橋にザウス(ららぽーとスキードームSSAWS)という室内スキー場がありましたね。成田空港に行き来する際、首都高湾岸線からよく眺めました。1993年7月にオープンし、2002年9月まで営業していたそうです。跡地に今はIKEA Tokyo-Bayがあります。同じ頃、ワイルドブルーヨコハマ(Wild Blue Yokohama)という大型屋内温水プール施設もありました。こちらの跡地はマンションになっています。唯春の夜の夢の如し、ですね
ランプマン
散発的な雷雨、時折の土砂降りとともに、大地に新しい生命が息吹くグリーンシーズンがやって来ました。と、南アフリカのリゾート、シンギータ(Singita)から便りが届きました。そうか南半球か、夏なのか、と夏好きとしてはうらやましい!
写真はサビ・サンド動物保護区(SABI SAND RESERVE)にあるシンギータ ボウルダー ロッジ(Singita Boulders Lodge)のディナー セッティング。プールサイドに置かれたたったひとつのテーブルのために、163個ものランプが灯されます。天気のいい日のみの名物セッティングで、ランプマンと呼ばれる老人が、まだ日が高いうちからランプひとつひとつに火をつけ、長尺の竿で樹にかけていました。気の遠くなるような贅沢です
ユタ州の髑髏酒
米、ユタ州のマウント カーメル ジャンクション(Mt.Carmel Junction, Utah, U.S.A)という州道の分岐点に、『レストラン ゴールデンヒルズ』(Restaurant GOLDEN HILLS)はあります。隣はモーテル、道を挟んだこちら側にはギフトショップがありました。そのギフトショップのカウンターの後ろに、テキーラ入りの装飾されたスカル デキャンタが並んでいて、とても気になりました。しかし旅はまだ途中。陶器と覚しきデキャンタは割れやすそうだし、今までの経験上、そう思ったものはほぼ確実にどこかで割れるしなあ、と購入を諦めました。
そこはザイオン国立公園(Zion National Park)の入口。その国立公園、日本ではあまり知られていませんが、彼の地ではグランドキャニオン(Grand Canyon)と並ぶ人気とのこと。クルマで公園の一端をかすめただけでも、その異景には圧倒されました。……でもこの写真で瞬間的に思い出すのは国立公園の景色ではなく、自分的にはテキーラ入りのクールなスカルです
Bar, Bar, Bar, Bar, & Bar.
宵に冬の香漂う頃になると、月刊誌の特集取材でバー巡りをしたことを思い出します。自分は地方都市担当で、1日5軒を目安にまわりました。ひとつの街に三日かけ、目星をつけておいた15軒程をまわり、セレクトした5軒を紹介します。初めての店でひとりカウンター席に座り、ドライマティーニをオーダーし、横目でステアの仕方を眺め、静かにマティーニグラスを傾ける。ちょっと世間話をしてお店のスタイルをうかがい、代金を払い、領収書を貰う。店を出たらすぐにどこか明るい場所を探してメモをとり、次の店への道順を確認。また新たな扉を開け、カウンター席に座り、ドライマティーニをオーダーする……。これを一晩に5回、黙々繰り返す訳です。面白かったけど、結構ハードボイルドかつストレスフルでした。お店の人からしたら明らかに普通の客ではなく、詮索をかわす(一応覆面取材が前提)のも、ちょっとしたコツが必要。よく警察関係者に間違われました。
仙台では取材中に雪が積もってきたので、通りがかりの店にあったカナダ製の防寒靴を購入。前評判と違ってひどく投げやりなバーテンダーがつくった、いいかげんなドライマティーニをのまされた後だったので、買い物はちょっとした気分転換に。その靴で雪を踏みしめ次に訪ねたのが、国分町の『クラドック』。ここはオーセンティックないいバーで、救われた気分になりました。以来、グリーンのゴム製の防寒靴は自分のラッキーシューズに。だいぶくたびれてきましたが現役で、今も極寒取材で重宝しています
自分好みの本音飯
ディナーが建前ご飯(たてまえごはん)だとしたら、朝食は本音ご飯(ほんねごはん)と言えるのではないでしょうか? それは我が家ばかりの話ではなく、旅先でもごく自然にそうなっている気が。それゆえ、朝食がいつも楽しみです。ホテルのビュッフェや、モーテルにおけるカウンター前のドーナツ、セブンイレブンのスパムむすびなんかも実にいいものですが、自分はダイナー(Diner)でいただくパンケーキ&コーヒーにより強くひかれます。
先日〝北米におけるダイナーの定義〟という記事を発見。「床は市松貼りのフロアタイル」「カウンターがありスツールが並んでいる」とありました。確かに北米には白×黒のPタイル貼りのダイナーが多い気がします。……それでは、日本における〝食堂〟の定義とは? 「のれんが出てたら営業中」「メニューは短冊貼り出し型」「スポーツ新聞常備」「お茶無料」「楊枝も割り箸も裸」「長居はしない、させない」 といった感じでしょうか
続 笑う警察
おや、増えています! この前、10月26日の「笑う警察」で、鎌倉警察署の植え込みがハッピーに刈り込まれていることを紹介しましたが、気がつけば笑顔のカップルになっていました。
手前右にはベイビー誕生の予兆すら……。スペース的には大家族化もアリですね
雪はうっすらが一番。
朝から雪が降っています。鎌倉で用事を終えてふと見上げたら、裏山も雪化粧。さすがに今日は行き交う人もクルマも少ないようです。その雪化粧を見ていて、北海道 朝里川温泉の小樽旅亭 藏群(くらむれ)を初冬に訪ねた際、初雪に見舞われた時のことを思い出しました。取材の合間、宿のご主人がこうつぶやきいたのです。「雪もうっすらぐらいが一番です。庭を見てもその下に何があるのか、雪が何を覆っているのかわかるぐらいが……。積もり過ぎると、ただただ雪で、遠近感もなくなってしまいますからね」
言われてみればその通りです。雪に慣れていない自分には思いつかなかった正論だと深く納得したこと、雪化粧を眺め思い出しました
「午後の曳航」
セドナ(Sedona AZ USA)を昼過ぎに出てすぐにクルマの後部座席で眠ってしまい、目を覚ましたら道が広くなっていました。インターステイトハイウエイ(I-40; Interstate Highway 40)に出たようです。今日はこのまま西へ向かい、I-40の終点であるバーストゥ(Barstow,CA)泊の予定。
ふと右手を見ると、長い長い貨物列車が傾いた日にきらめいていました。55mph(88km/h)で巡航している車内から眺めると、停まっているようかのようにゆっくりです。脈略なく「午後の曳航」というフレーズが浮かびました。寝ボケ眼(まなこ)には、どこか夢のなかを走っているようにも映る貨物列車です
フェンダー!ミラー
群馬県のさる宿泊施設の駐車場で見かけた、見事なフェンダーミラー仕様です。マークXが、蝸牛のコスプレしてるかのよう。ドアミラーがたたまれているのも微笑ましい。以前はドアミラーを付け、フェンダーミラーを外すと整備不良で違反切符を切られたものですが、いまやパトカーだってドアミラーです。唯一残っているのはタクシーですね。かつてタクシードライバーに「やっぱりフェンダーミラーが運転しやすいですか?」と聞いてみたことがあります。すると、こんなこたえが。「3人とか4人とかお客さんがいて、助手席にもひとり座ることががあるでしょ。後ろの席が上司や接待相手だと、助手席のお客さんは荷物を抱えシートを前にスライドさせます。するとドアミラーが見えにくい。『ちょっと見えないんで……』と言うのも野暮なので、フェンダーミラーがいいんですよ」フェンダーミラーはO・MO・TE・NA・SHIでもあったんですね。
それにしてもこのフェンダーミラーの存在感は、なかなかです。クルマの進化の過程を、一瞬止めて目撃しているよう。蛙へと成長する過程の、手足が生えたオタマジャクシにも似た違和感オーラ放出中です
犬の微笑み
ツーリング先で思いのほか気温が上がり昼食後、猛烈に眠くなりました。これは危ない、と道を外れバイクを降り、ジャケットを脱ぎブーツから足を抜いて、ごろんと横に。ジリジリと日に焼けるのを感じながらウトウトしはじめたら、何かが傍らに来る気配。寝返りを打ったら、犬と目があいました。というか、犬に微笑みかけられました。とても眠かったのでそのまま再び、草を枕に。目覚めたら日は少し傾き、日差しもやや色づいた感が。枕元には犬がまだいて、静かに腹を波打たせています。その時起きて撮った写真です。
写真はプリントのみ手元にあり、いつどこで撮ったのかが思い出せません。デジタルと違って、手がかり無しです。春だったのか、秋だったのか。阿蘇か、朝霧高原か、信州か。その後、犬とはどう別れたのか。エンジニアブーツを履いて、ノートン コマンド(Norton Commando 750)に乗っていた頃だから、自分は30代前半だろうと推測できるのみ。ですが、あのときの犬の笑みと、呼吸によって静かに波打っていた腹、傾き始めた日差しの色は、はっきりと思い出せます