あ ば ろ ん

瀧昌史どんぶらこっこすっこっこ旅日記

サンカクマートでみれん弁当

 那覇空港からのフライト前には、何はなくとも空港内売店、サンカクマートに寄り弁当を買います。未練がましく、それを帰ってから食べるためです。写真は最近気に入っている『タコライス(うちなー風)』。タコライス、というだけでも強く惹かれるのに(うちなー風)とあれば、手に取らずにはいられません。
 でも悲しいことに帰って食べると、どこか味がよそよそしい。機内の乾燥に水分を摂られパサパサということもあり、なんか沖縄で食べるのと違う。味に陽気さがないというか、覇気がないというか……。それでも残さず、沖縄への未練を完食。『みれん酒』という歌がありますが、自分は『みれん弁当』です

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雪とフランシス・マクドーマンド

 クルマで雪原を行き思い出すのは1996年の米映画『ファーゴ(Fargo)』です。臨月の警察署長を演じたフランシス・マクドーマンド(Frances McDormand)がとても良かった。岩手県滝沢市の郊外ですが、静寂の中いまにも大きなお腹の彼女が向こうから歩いてきて、すれ違いざまHi!と言われそうです。どこもかしこも雪で覆われると、ファーゴの舞台となったミネソタ州ミネアポリスと情感的には地続きです。
 そのフランシス・マクドーマンド、『スリー・ビルボード』(Three Billboards Outside Ebbing, Missouri 2017米)もたいへん良かった。ファーゴから約20年が立っていたのに、彼女にも地続き感がありました。それにしても旅先の雪には何かとんでもないものを覆い隠し、黙っている風情がありますね

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フォードvsフェラーリ 観戦記

 映画『フォードvsフェラーリ』を観ました。爆音を浴びつつ1960年代のサルテサーキットを、ドライバーとなり疾走できたのは(しかもコーラを飲みつつノーリスクで!)得がたい体験でした。ケン・マイルズ役のクリスチャン・ベールの怪演も見事でした。つい最近までサーキットにああいうヤカラ、確かに居ましたね。だからマット・デイモンの、あの一本調子には言及しないでおきます。特に'66 ルマン フィニッシュ後の、緩慢で冗長なラストシーンは、彼がクリスチャン・ベールの演じっぷりに嫉妬し撮って付けさせたのではないか? などという妄想もここに書くに留めたいと思います。マイルズ夫人を演じた、カトリーナ・バルフがいしのようこ似なのも実に良かった。
 写真は映画館入場時に手渡された記念ファイル。帰ってから本棚にあった『ル・マン24時間レースの伝統・その記録』(奥山俊昭 神田重巳 著 昭和44年 美智出版刊)の1966年のページを開き、置いてみました。自分的にはモノクロ情報だったレースが、鮮明な動画で音や振動まで体感できたのが何よりの収穫。だからキャロル・シェルビーを演じた俳優については……。いま観たいのは、何といっても『ホンダ(宗一郎) vs ロータス(Colin Chapman)』です。是非

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しみじみ系


 岩手県盛岡市の神子田(みこだ)朝市、区画番号A-10にある市場食堂のラーメンです。雪が積もった早朝に訪ねれば、裸眼ですら湯気で視界が曇りそう。このラーメンのしみじみ感は日本有数、たぶんTop 10圏内です。
 家系とか二郎系、がんこ系とか、今やラーメンはストレス食の旗手ですが夜明け前、丼で指先を暖めつつ、しみじみいただけるのもラーメンならではの大事なファンクション。市場の並びにはひっつみ汁の店もあり人気ですが、自分はラーメン派です。写真はワンタン麺で600円とか、550円とかでした。カウンターで静かに椀を傾ければいつしか自分と向き合っており、暁の茶事のようです

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西部劇、ここに果てる

 久里浜(くりはま:神奈川県横須賀市)ペリー公園にあるペリー上陸記念碑の裏側です。記念碑除幕はペリー来航48年後の1901年(明治34年)7月のこと。表面の碑文は伊藤博文の筆。写真のように裏面には英文があり、その書体は西部劇映画のタイトル風でした。
 碑の近くにはペリー記念館もあり、入口脇には瀟洒な塗り椀が。漆琳堂aisomo cosomoブランド、モスグリーン×オレンジの汁椀で、大老井伊直弼(いいなおすけ)のもとで、日米修好通商条約調印のフロントマンを担った間部詮勝(まなべあきかつ)が鯖江藩七代目藩主だったことにちなみ鯖江特産の漆器を展示しているとのこと。公園から米第七艦隊が展開する横須賀基地までは10km足らず。横須賀が米軍基地となるのは、この記念碑建立から44年後、ペリー上陸からは僅か92年後のことです

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極寒の機首銃手に比べれば

 呉(広島県呉市)の大和ミュージアム呉市海事歴史科学館)に展示されていた89式飛行艇の1/24スケールモデルです。昭和4年(1929年)から開発が始まった全金属製の胴体と、金属製フレームに羽布張の主翼を持つモデルで17機が作られたそうです。上海事変日中戦争初期で活躍。横須賀海軍航空隊のあった追浜(おっぱま)沖から中国とを往復していたとのこと。
 強く惹かれたのは機首の銃座と、その後方操縦席がともに剥き出しであること。物凄いバルケッタ(イタリア語で「小舟」の意。FIAT Barchettaは名車でしたね)感です。僅か90年前、軍用機ですら「剥き出し」だったとは! 機首銃手はさぞや寒かったことでしょう。冬のバイクは寒い寒い、と嘆く我が身をちょっと恥じました

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京急バスはイケている

 散歩帰りに鎌倉のマクドナルドでコーヒーを。小町通り入口近くの駅前店は1階に調理場とレジカウンター、客席があり、3階にも客席があります。ちなみに2階は喫茶室ルノアール鎌倉駅前店。3階でイートインするためには、1階のレジカウターで受け取ったトレイを手にいったん店外に出て、横の階段に入る要があるのですが、そこは小町通りとJR鎌倉駅改札を結ぶ途中、日中は結構な人通り。わずかな間ですがトレイの上を容赦なくガン見されるのが難ですね。
 でも3階に上がれば結構快適。窓際のカウンターからはJR鎌倉駅東口ロータリーが一望できます。今日もロータリーには京急バスがたくさん。葉山住まいの時から京急バスのカラーリングには親しみがあり、いつしかホーム感を感じるように。あの塗り分けはかなりイケてると思います

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ところてんを一本、二本と


 相模灘を左手に国道135号線を南下、熱海、伊東、熱川、稲取を経て伊豆今井浜東急ホテル手前を海に向かって鋭角左折した先に舟戸の番屋はあります。ここの海に向かって開けた露天風呂が好きで、時々訪ねます。この前の台風の波風で男風呂と女風呂を仕切る衝立が倒壊。しばらく入れなかったのですが、先日復旧したとのこと。入れば何ら変わらずいい湯でした。
 風呂に入ったら昼飯です。アジの干物定食とところてんをいただきました。食べながら、ふと頭を上げれば見高港が見えます。港の向こうはベロバ海岸。なんかそそられる名前ですね、ベロバ海岸。ああ、湯上がりでポカポカしているし腹もふくれたし、眠くなってきたような。再びジャケットを着てグラブやヘルメットをつけてオートバイに乗る気に全然なれなくて、ところてんを一本、二本とすする冬の昼かな

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バスと旅情


 旅先で初めてのバスに乗るのはちょっと難しい。前のドアから乗るのか、まん中のドアから乗るのか、バスが来てみないと分かりません。だいたい料金が前払いか、後払いか、Suicaが使えるかどうかもわかりません。乗ったら運転手さんに降りる停留所名を告げ運賃前払い、なんてパターンもあります。それに加え、乗車待ちの並び方にもローカルルールがあったりして……。
 そのちょっとした違和感から、後々旅情が生じたりするので、それはそれで悪くない気がします。バスのカラーリングもそれぞれ違うのがいいですね。東北では北上すればするほど、確実に東北色が強まります。写真は宵の八戸(青森県)で、八戸市営バスは実に東北情緒溢れる塗り分けでした。ところで、今まで路線バスで一番印象深かったのは、伊勢市内(三重県)で乗った、運転手さんがマイクを通して進行の実況中継をし続けていたバスです。「ただいま進行方向信号が青に変わりました。発車いたします。交差点先路上に駐車中のクルマありますので、間もなく右車線に移ります。おつかまりください。はい追い越し完了いたしました。間もなく左車線に戻ります。進行方向信号、間もなく黄色になるかと思われます。徐行します。」といった具合です。乗客は皆、そのDJドライバーに無表情を通していました

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「帰れー!」「帰れー!」

 自分が大学生だった頃は単に『あべの橋』という駅名だった大阪阿部野橋駅から、近鉄南大阪線の急行 河内長野行きに乗車。乗ってすぐ、この中吊り広告に強く惹かれました。シブイなあ。あべのアポロシアターというのも懐かしい。学生時代、たびたびオールナイト興行に行った映画館です。当時オールナイトでは上映前後に特集された監督や脚本家のトークセッションがあったりして、それが東京からの登壇だとパイプ椅子に着座するやいなや「帰れー!」「帰れー!」と客席からコール。それでも動ぜず淡々と話す、ということがよくありました。上映前など、まだ作品も観ていないのに東京から来(やがっ)たというだけで「帰れー!」「帰れー!」だから、まあ独特です。登壇者同士もよく喧嘩してました。

 それでも柳町光男監督とかは慣れたものでした。この二色刷りにはそんな記憶もプリントされている気がします。帰りに寄ってみようかな、観るなら『ジョーカー』かな

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花籠とHONDA スーパーカブ70 Custom。

 安芸の小京都と呼ばれる竹原市広島県)の町並み保存地区を歩いていたら、可憐に花を活けた竹の花籠が。10月に国立劇場小劇場で開催された『きん枝改メ 四代 桂小文枝襲名披露公演』で聞いた月亭八方の落語「竹の水仙」を思い出しました。格子にピタリとキマっています。その下にあるのはHONDA スーパーカブ70 Customですね。1983年にNewモデルとして出た当時、そのイタリアンな近未来風デザインは受け入れ難かったのですが、改めて眺めれば格子や基礎石、水路を覆う板、歩道敷石が織りなすスクエアデザインにピタリとハマっています。恐れ入りました。
 お、よくよく見ればこのマシン、1965年にスーパーカブシリーズで最初にOHCエンジンを載せ登場したC65の末裔たる1998年頃の最終仕様です。しかも補助前照灯をつけ新聞配達に特化したプレスカブ仕様! これは、また、レアな……

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JAL904便 58Kの憂鬱

 その日、那覇空港の23番ゲートを定刻通り11時20分に離れた羽田行きJAL904便は、快晴の滑走路を離陸後一直線に北に向かい高度を上げて行きました。500席を擁するボーイング777-300の機内はほぼ満席。58Kという最後尾右端窓際のシートを得た自分の目は、眼下の景色に釘付けです。ああ、伊江島が見えてきました。その向こうには沖縄美ら海水族館のある本部や備瀬崎、瀬底島も。さらには本島北部の山原(やんばる)も見えますね。こんなにスカッと見渡せることはなかなかありません。
 沖縄からの機上では景色が美しければ美しいほど「ああもう帰るんだ」と悲しくなります。あと数時間で羽田です。それは現実世界へのフライトでもあります。自分的には那覇空港へはいつもソフトランディング(軟着陸)で、羽田はハードランディング(硬着陸)。バイバイ沖縄、またすぐ行くからサ

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しらすとフレンチトーストと、安芸小富士

 朝起きて窓のカーテンを開けブラインドを上げたら、富士山? ……そこは広島からそんなはずは無く、スマホで調べると広島湾に浮かぶ似島(にのしま)の頂でした。宇品から似島汽船のフェリーに乗れば20分、450円で渡れるとのこと。安芸の小富士とも呼ばれるその秀峰には、フェリーの着く似島桟橋から、1時間ほどで登れるそうです。

 その日泊まっていたのは三井ガーデンホテル広島で、朝食をいただきに25階のレストランフロアへ。朝食は素晴らしいビュッフェで、瀬戸内産釜揚げしらすとフレンチトーストが絶品でした。味付け海苔が、牡蠣醤油味だったのも広島っぽい。朝食のトレーを前に窓の外、ふと視線のようなものを感じ見返せば、安芸の小富士と再会です。広島湾でこの高さならば、さぞや山頂からの眺めは良いことでしょう。また行きたい島がひとつできました

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玄海育ち!

 一週間ほど前、昼前に東名高速道路を下っていたら走行車線に延々、警察の人員輸送車が連なっていました。即位礼正殿(そくいれいせいでん)の儀警備のため全国各地から派遣された警察官が一斉に帰路についてたのだと思われます。皆一様にカーテンを閉ざし、車体の塗色もデザインも一緒で、近づいてナンバープレートを確認しない限り、どこに帰るのか解りません。
 そんな車列のなか、リアに小さく赤い巴太鼓を描いた一台を発見。討ち入りの陣太鼓なら赤穂だから「姫路」ナンバーだろうな、と追い越しつつ確認すると、ナンバーには「北九州」の文字。ああ、陣太鼓ではなく、小倉祇園太鼓ですね。「各々方(おのおのがた)、覚悟はよろしいか」ではなく「ボン!」の方です。爆音で『あばれ太鼓』(1987年リリースの坂本冬美さんのデビュー曲です)が流れている車内を想像してしまいました

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螺旋階段と、鮨カウンターと。

 チェックインが早めに済んだので展望デッキにあがり、離発着を眺めていたら滑走路の向こう、国際線ターミナルに懐かしい機影が。羽田空港ではもう見ることは無いと思い込んでいたジャンボ(Boeing 747)です。ルフトハンザ(Lufthansa)ではまだ運航していたんですね。2014年のANAラストフライト、そして今年の8月の政府専用機の引退で日本の空から消えたかのように思っていました。ルフトハンザ、やるなあ。
 自分が初めて海外に行ったときも、いまはなきノースウエスト(Northwest Airlines, Inc.)のジャンボでした。後ろの方が喫煙席になっていたのが懐かしい。JALのNY便のジャンボ、ファーストクラスには、たしか鮨カウンターがあった時期も。螺旋階段で2階に上がる古い機材にあたったこともあります。自分は小学生の頃、コンコルドと並ぶ〝夢のジェット機〟として刷り込まれたので今でも会うと、ちょっと胸躍ります

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